2014年11月19日松本幸四郎・松たか子 『父と娘の往復書簡』

141119
前回の山崎努『俳優のノート』に続いて松本幸四郎・松たか子『父と娘の往復書簡』。本屋で『俳優のノート』に目がとまって、手に取った目線の先にこの本があり、つい合わせて購入したのがきっかけ。『俳優のノート』は山崎努さんのリア王という役に対峙する姿を読むことが出来たけど、この本は役との向き合う姿勢に加え、父から娘・娘から父親に伝える言葉も読むことが出来る。

本の最初は、父幸四郎さんから娘たか子さんへの役者としての教えから始まる。

歌舞伎の場合、型を習得し、それをなぞることで美しく演じることはできる。だが、それは形ばかりのことだ。だから親父は、僕に考えさせ、大事なことを自分で探しながら演じるということを、僕に思い知らせたかったのかもしれない。
君が悔し涙を流したという「ダメ出し」にしても、僕にしてみれば「指摘」であって否定ではない。ついでに「ダメ出し」という言葉は嫌だ。「直し」なんだよ。


(ここが印象に残ったのは、自分が高校時代に演劇部で嫌と言うほど「ダメ出し」と言う言葉を使っていたからだな)

話は、2人が演じる舞台・テレビの変遷と共に(本当に仕事が多い!)、友人や若い時期の悩みについて交わされ、最後に幸四郎さんは、自身の父親・祖父の話をたか子さんに語る。終盤の娘への手紙に、

君への最初の手紙を書いた時から、僕は君に、親父やおふくろのことを伝えたかったような気がしてならない。今頃になって気付くなんて、何とも不思議なのだが、これも必然ということなのだろう。


とある。
世の中の男達の中で、どれだけの人が自分の子供と仕事について、ここまで語り合うことができるだろうか。幸四郎さん、幸せ者め!と単純に言えるかもしれない。でも、親娘の対話がここまで高みにあるのは、2人それぞれが「演じる」という仕事に真っ正面からぶつかって試行錯誤して、その過程で多くのものを得ながらも、失ってもいるからだろう。「2人はとっても生きている!」そんな読後感が自分にはあった。

世の父親と父親予備軍は、自分の仕事への取り組みを見直すという意味でも、いずれ子供とこういう関係を持つという目標をみつけるという意味でも、是非手にとって貰いたいと思える1冊だった。あと、折に触れて感謝される幸四郎さんの奥様、たか子さんのお母様の紀子さんの存在も、本当に大きかったのだと想像する。