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自分もよくやってしまうのだけど、自己紹介を肩書で済ましてしまうのは、いまいちだよね。「こんばんは、帝京大学経済学部の川上淳之と申します」。自己紹介(Self Introduction)って、自分自身の手で(self)内部に(Intro-)導く(-duction)ことなのに、相当上っ面のところで終わってしまっている。だったら、「こんばんは、私が上岡龍太郎です」のように肩書もとってしまった方が自己の内部に導かれているようだ。演習系の科目では初回(時には数回)に自己紹介をしてもらうのだけど、その点も考慮してプログラムを組めればと思う。

量的分析か質的分析かを考えようとすると、いつも思い出すことがある。

自分が大学院の進学を決めた4年時に、1学年下の後輩が就職が決まっている先輩たちに対してアンケート調査を実施した。その質問項目の中に「あなたは就職後の仕事にやりがいを感じると思いますか?」というものがあり、その回答者のうち、ただ1人しかNoと答えなかったことが話題になっていた。Noと答えた人に心当たりがあったことが非常に大きいのだけど、このことが今も自分の記憶に強く残っている。

アンケートの集計結果としては、「学習院大学の学生のほぼ全員が就職後の仕事にやりがいを感じている」というものとして公表される。でも、ひょっとしたら、その時にNoと答えた1人にこそ、大きな意味が隠されているかもしれない。その1人に話を聞くことで、僕たちは本当は知らないといけなかった何かを掴めたかもしれない(ような気がしたんだよね)。量的データから、全体の傾向、普通の関係を知ることができるが、それによって見落とされるかもしれない要素があることを意識しながら、分析しないといけないと思う。このことは同時に、担当する3年次の演習で、データ解析の前にヒアリング調査を最初にやろうと思った背景でもあったりする。

ちなみにそのアンケート、僕は「異常値になるといけないので…」と回答を拒否したのでした。

中学校時代、中間テストでよい点数をとると期末テストで悪い点をとり、中間テストで悪い点をとると期末テストでよい点をとった。なぜそうなるのかは心当たりがあった。最初によい点をとると気持ちがゆるむので次に失敗する。でも、同時に臆病でもあるので失敗すると不安になって勉強を始めるのだ。その傾向は高校に入っても大学に入ってもかわらなかった。大学で一度、中間テストで0点をとり、期末テストで100点をとったことがある(当時は50点でも可がもらえた)。

今もその傾向が続いている。昨年度、水曜日の僕の講義を3限4限を連続で受講された方は気づいたかもしれないけど、3限の入門ミクロ経済学でうまくいったときは4限の入門マクロ経済学で失敗し、3限で失敗した時には4限がスムースに講義を進められた。昨日田端で発表した自分の研究は、昨年同じものを話した時には失敗(時間調整がおかしく、早口で、何もかもを盛り込もうとして大混乱だった)したもので、今回は挽回できた(ような気になっているだけのような気がする)。

かといって、このバラツキを修正しようとはあまり考えていなくて、「うまくいって、うまくいかない。うまくいかなくて、うまくいく」が一つのバランスのように感じているからたちが悪い。失敗したほうの話を聞くことになる方には申し訳ないけれど。

160219 田端は新幹線が見れるので子供を連れてきたらいいなと思うけど、ほかに何をするか見当がつかない。

みなさんはちゃん松.comをご存じだろうか? プラレールの改造・駅づくりを中心に活動するユーチューバーだ。うちの息子はお風呂に入るのを嫌がるので、このちゃん松さんの動画をみることを条件に誘い込む。
すっかり彼はちゃん松さんの虜になっている。

お風呂から出ると、ちゃん松さんが作るような駅を組み立て始める。ちゃん松さんの作る駅はたくさんの路線の入り込む巨大な駅の再現で、息子もそれに倣って駅の周辺を分岐したレールでいっぱいにする。駅周辺が完成するとお父さんの出番だ。駅から出ているたくさんの路線をつなげて環状線にする。坂道をたくさん作って。

完成した線路は矛盾がないものが美しい。でも、単純なのはつまらない。高架下を別の線路が通っていたり、ダイナミックでなければつまらない。頭の中には渋谷駅の銀座線や蒲田駅が浮かんでいる。

春休みの一日は、そんな風に時間が過ぎていく。そして、これが今のところ自分の趣味になっている。

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